秘宝の洞窟の前には帝国軍の兵士たちが整列していた。
かなりの人数だ。百人程度はいるだろう。 彼らは武器を構えていつでも戦える体勢でいる。兵士たちの様子を森の茂みから見ていた俺は、軽く枝を揺らして合図した。
周辺に散ったヴァリスとバルト、盗賊ギルド員たちからも合図が返ってくる。「――投擲ッ!」
レナ特製の混乱のポーションを各人が投げた。
パリン!
がしゃん!瓶の割れる音がして兵士たちがたちまち混乱に陥る。
ほとんど全員が同士討ちを始めた。 混乱した兵士たちの相手は盗賊ギルドのメンバーに任せる。「何事だ!」
洞窟の中から指揮官らしき人物が出てきた。
その頃には俺たちは距離を詰めている。 ヴァリスが、ヨミの剣が指揮官を斬り殺した。ヨミの宝玉の真紅が濃くなる。『ハッ、帝国のゲス野郎だが魂は旨いじゃねえか! 安心しろ、オレがきれいに喰らいつくしてやるぜ!』
洞窟の中にいた兵士を次々と斬り倒して血祭りにあげている。
雑魚に用はない。 ニアとルードを見つけなければ!俺は帝国兵士たちの死体を飛び越して奥に向かった。
土の洞窟が途中から石造りになる。 背後で兵士たちの悲鳴が止んで、ヴァリスが追いついてきた。通路の先、封印の扉の前に人影がいくつか見える。
帝国の兵士が何人か。 高官らしい立派な身なりの人物。あれがメイデスだろう。 それに……ニアとルード!俺は問答無用で麻痺のポーションを投げつけた。
ニアとルードを巻き込んでしまうが、麻痺なら別に問題はない。一時的に動けなくなるだけだ。だが。
ポーションは彼らに届くかなり手前で叩き落された。 ニアから発する光が矢となって瓶を射抜いたのだ。 あれは魔力の、エーテルライトの光。「ニア!」
俺の叫びに彼女は答えない。
虚ろな瞳「愚かな! お前も操ってやる!」 メイデスが叫んで黒い霧がこちらに向かってくる。 重圧がかかる。ぐらぐらと視界が揺らいで意識を失いそうになる。 だが。 前に進み続ける俺のすぐ横を何かが追い抜いた。『オラァッ! 串刺しにしてやるぜ!!』 それはヴァリスによって投擲されたヨミの剣だった。 ヨミはまっすぐにメイデスへと向かって飛んでいく。「な、バカな!」 メイデスが悲鳴を上げる。 黒い霧がヨミを包むが濃度が薄い。 元からニアを操っているのに加えて、力を俺とヨミに振り分けたのだ。 明らかに力不足に陥っている! ヨミは投げ放たれた速度そのままにメイデスの胸を貫いた。 黒い霧が消えて俺の体も動くようになる。「…………ッ!」 俺はメイデスの首をはねた。 胴体から離れた首が床を転がっていく。 ――人殺しはしたくなかった。 でも今はそんなことは言っていられない。 ニアとルードを、俺の恩人たちを助けるのが第一。 秘宝を持つメイデスは確実に殺さなければ、何をしてくるか分からなかったから。 動揺しながらも襲ってくる兵士たちを叩き伏せる。 こいつらは気絶に留めたが、ヨミを手にしたヴァリスがきっちりと殺していた。 結局、俺が殺したのと同じことだろう。「ニア、しっかりしろ。ルードも」 床に倒れた二人を助け起こす。 ルードは気を失っているだけで、大きな怪我はない。 ニアも名を呼ぶとゆっくりと目を開いた。「ユウ……? どうしてここに」「助けに来たんだよ。命と魂の恩人だから」 俺が言えば、彼女は悲しげに微笑んだ。『あらよっと』 背後でヨミの声がする。 首を失ったメイデスの死体から、赤黒い水晶のようなものがこぼれ落ち
秘宝の洞窟の前には帝国軍の兵士たちが整列していた。 かなりの人数だ。百人程度はいるだろう。 彼らは武器を構えていつでも戦える体勢でいる。 兵士たちの様子を森の茂みから見ていた俺は、軽く枝を揺らして合図した。 周辺に散ったヴァリスとバルト、盗賊ギルド員たちからも合図が返ってくる。「――投擲ッ!」 レナ特製の混乱のポーションを各人が投げた。 パリン! がしゃん! 瓶の割れる音がして兵士たちがたちまち混乱に陥る。 ほとんど全員が同士討ちを始めた。 混乱した兵士たちの相手は盗賊ギルドのメンバーに任せる。「何事だ!」 洞窟の中から指揮官らしき人物が出てきた。 その頃には俺たちは距離を詰めている。 ヴァリスが、ヨミの剣が指揮官を斬り殺した。ヨミの宝玉の真紅が濃くなる。『ハッ、帝国のゲス野郎だが魂は旨いじゃねえか! 安心しろ、オレがきれいに喰らいつくしてやるぜ!』 洞窟の中にいた兵士を次々と斬り倒して血祭りにあげている。 雑魚に用はない。 ニアとルードを見つけなければ! 俺は帝国兵士たちの死体を飛び越して奥に向かった。 土の洞窟が途中から石造りになる。 背後で兵士たちの悲鳴が止んで、ヴァリスが追いついてきた。 通路の先、封印の扉の前に人影がいくつか見える。 帝国の兵士が何人か。 高官らしい立派な身なりの人物。あれがメイデスだろう。 それに……ニアとルード! 俺は問答無用で麻痺のポーションを投げつけた。 ニアとルードを巻き込んでしまうが、麻痺なら別に問題はない。一時的に動けなくなるだけだ。 だが。 ポーションは彼らに届くかなり手前で叩き落された。 ニアから発する光が矢となって瓶を射抜いたのだ。 あれは魔力の、エーテルライトの光。「ニア!」 俺の叫びに彼女は答えない。 虚ろな瞳
それからも青年は――神殺しの王は貪欲に働き続けた。 国の国土を最大まで伸ばす。 戦争で虐殺を少し手加減して大量の奴隷を手に入れた。 奴隷でない人々も、恐怖と圧政で支配した。 土地の守護神の血を啜った剣は、生ける武器として最高峰の強さを手に入れた。 切れ味や使い手の能力を引き出す力だけでなく、守護神の知識をも入手した。 剣は守護神の名にちなんで『ヨミの剣』と名付けられた。「ヨミよ。俺はまだまだ足りないんだ。国を建て、神の力を手にいれた。それでも心は飢えるばかり」『我が主。どうすればお前の心は満たされる? かつてオレの飢えを満たしてくれたように、オレもお前に与えたいんだ』「この大陸全土の支配、いいや、この世界全てを支配したい。それには寿命が足らぬ。俺はもう人生の折り返しを過ぎた」 青年は既に壮年の年頃になっている。「永遠の命が欲しい。永遠にこの世を支配したい。全ては俺のもの、奪いたいだけ奪ってやる」『……分かった。守護神の知識から糸口を探してみよう』 そうしてヨミは魔法使いたちを集めて、のぞみの部屋を設計した。 守護神の知識にあったエーテルライトと永久氷河の勾玉。そしてヨミの剣自身。 それらを鍵として魔力の部屋を作り上げた。 計算上は完璧だったが、エーテルライトと永久氷河の勾玉の入手はできなかった。 まだ完成していない部屋の扉の前に立ち、王が問いかける。「この部屋に三つの秘宝を集めれば、我が願いが叶うのだな」『そうだ。そうすればお前の心は安らぐだろうか。オレはお前に与えられるだろうか』「そう、だな……」 王は部屋の扉に触れる。 扉に刻まれた封印と増幅の文様に魔力が流れる。 文様が強く発光して視界を覆う。『安心しろ。お前の願いが叶うまで、パルティアの国とお前の子孫は、オレが守ってやる。だからお前は待っていてくれ』 ヨミの声が響いた。 光はますます強くなり、俺を絡め取ろうとする。
ふと気がつけば、俺は見知らぬ場所に立っていた。 どこかのダンジョンの中だろうか。 薄暗くて誰もいない寂しい場所だった。 床に一振りの剣が落ちている。 ボロボロの刃で鞘はなし。柄に宝玉が嵌っているものの、薄汚れてひび割れている。 剣はかぼそい声で呻いた。生きているのだ。(あれはヨミの剣だ) 俺は思う。(ひどくオンボロだが間違いない。あれはヨミの剣の過去の姿か? それならここは、あいつの記憶の中) 生きた剣はしかし、死にかけていた。 長い間をダンジョンで放置されて血の一滴も得られず、存在がすり減っている。 ――誰か、誰か、オレを手に取ってくれ。 ――誰でもいい。血をくれなくてもいい。剣として握ってくれ。 悲痛な呼びかけは、だが、虚ろに響き渡るばかり。 剣として生まれた彼は、誰にも顧みられないままひっそりと死のうとしていた。 と。 いよいよ死にかけた剣に誰かが触れた。 初めての暖かな体温に、剣は身を強張らせる。 彼を手に取ったのはまだ幼さを残す少年だった。 年齢は十二歳くらいだろうか。 成長期に十分な栄養を取れていないようで、ひょろひょろと痩せた体をしていた。「なんだ、お前。言葉が喋れるのか?」 少年が言った。「声が聞こえた気がしたんだが」『そうだ! オレは生ける武器。今はこんなみすぼらしいナリだが、敵の血を吸わせてさえくれれば、必ず最強の剣になる』「ふうん? まあいいや。俺の武器はさっき、折れてしまった。ついでだからお前を使ってやるよ」 それから少年は剣を手に持って、ダンジョンの攻略を始めた。 弱い魔物しか出ないダンジョンではあったが、この年頃の少年が一人で踏破するのは大したものだ。 彼は苦戦の末にダンジョンのボスを殺して、剣に血を啜らせた。『ぷっはー! うめぇ~! 生き返る! 恩に着るぜ、小僧』「お前は血を飲んで腹を満たすのか?」
沈黙が流れる。俺もバルトもヴァリスも、次にどう動けばいいか決めかねていた。 と、そこへ。「バルトさん。ちょっといいですか。ユウさんも」 盗賊ギルドのメンバーがやって来て、俺たちを手招きした。「どうした?」「尾行をつけていた例の二人組……ユウさんの恩人の人らですけど。衛兵に捕まりました」「はぁ!?」 俺はバルトを見た。「何だよ尾行って! いやそれより捕まった!?」「王都に来てから、ユウの様子はずっと見てたんだよ。で、風変わりな二人組と合流したからどうしたのかと思って。宿の外で待機して、彼らが出ていった後に尾行をつけていた」「……話はどこまで聞いた?」 俺は思わず低い声で言った。 三つの秘宝の話は、知ればそのまま危険につながる。バルトのことは信じているが、盗賊ギルド全体で悪用しようとするかもしれない。 そして俺がよそ者の魂の持ち主であることは。……ただのわがままで、誰にも知られたくなかった。「食堂で話していた内容は聞いた。宿に入ってからはさすがに無理」 バルトの言葉を信じるしかない。 宿の部屋で話した際、周囲に人の気配がないのは確認した。 宿の外ならともかく、ドアの前など間近に誰かいれば気づいたはずだ。 いや、それよりも。「ニアとルードが捕まったって? なぜだ」 彼らは今まで長いことこの大陸を放浪していた。 王都も何度か訪れたと言っていた。 それがどうして今さら捕まるんだ。「衛兵に探りを入れたところ、手配書が出ていたようです。そこのヴァリス団長に追加される形で」 と、盗賊ギルド員。 ヴァリスが言う。「誰がそんな命令を出した」 そうだ、今の王宮は王も王子もいない。命令を出す立場の人は限られる。「大臣の一人ということですが」「……あいつか」 ヴァリスは舌打ちした。俺は聞いてみる。「心当たりが?」
アレス帝国の使者を迎えて、パルティア王宮ではもてなしの宴が開かれていた。 帝国の第三皇子に嫁いだパルティア王女の懐妊が発表されてしばし。 パルティア側から贈った祝いの品の返礼として、使者がやって来たのだ。 ヴァリスは騎士団長として、警備の最高責任者の立場と貴族位を持つ者の両方で宴に出席していた。「皇子妃殿下は健やかにお過ごしでございます。どうぞご心配なさらぬよう」 宴席で帝国の使者が言う。彼はメイデスという名で、帝国の高官だった。 パルティア国王はうなずいた。「嫁いで手元を離れたとは言え、あれは我が愛娘。生まれてくる子は帝国の皇室と我がパルティア王家の両方の血を引く尊い存在である」「おっしゃるとおりでございます」 この話を聞いていたヴァリスは少し違和感を覚えた。 皇子と王女の結婚は当然ながら両国の利益を打算したもの。 けれど両国の血を引く子の存在はどういう立ち位置になるだろうか。 パルティアとアレスの友好の証だろうか? それとも。 宴はつつがなく進んでいく。 張り巡らされた警備網に穴はなく、不審者の報告も上がっていない。「ヴァリス殿。こちらはアレス帝国名産のワインです。ぜひご賞味を」 メイデスの部下がワイングラスを差し出したので、ヴァリスは受け取った。一口飲む。「香りが素晴らしい。色も鮮やかで」「そうでしょう。まるで血のような赤」 ふと。『ヴァリス、気をつけろ。何かがおかしい』 腰に吊るしていたヨミの剣から声がした。 いつもはヘラヘラとふざけているくせに、初めて聞くような切迫した口調だった。『なんだ、これ、は……!』 柄に嵌め込まれた宝玉がチカチカと明滅している。 いつもは真紅の色なのに、光が瞬くたびに色褪せていく。灰色になっていく。(ヨミ、どうした) ヴァリスは心の中で剣に話しかけた。 返事はない。『…………』 返事はな